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2019年8月

2019年8月22日 (木)

対馬丸事件から75年。

対馬丸(日本郵船、6,754t)が、トカラ列島の平島と諏訪之瀬島付近において、1944年(昭和19年)8月22日にアメリカ海軍の潜水艦ボーフィン(USS Bowfin、SS/AGSS-287(バラオ級))に撃沈されてから75年になります。

撃沈された対馬丸(日本郵船、6,754t)は、主に兵員や軍需物資の輸送の任に当たっていた様ですが、撃沈された時は学童疎開の任に当たっており1,661名の学童及び介添者が搭乗していた様です。
(敗戦国の我が国への非人道的行為は許容される様ですが、不思議と逆の行為はヘイトと断罪されます。)

2019年8月18日 (日)

熱帯夜、収まった様です。

7月29日(月)頃から始まった熱帯夜は、漸く収まった様です。

約20日間の夜は、寝苦しくて大変でしたけれども、ヤレヤレ。

これからは、日中の気温の上昇も大したことにはならない季節となります。
(去年よりも暑い日が長かった?)

それにしても、今年はいきなり暑くなったものなぁ。

体力をすり減らしました。

2019年8月15日 (木)

今日も40℃超え、暑い!新潟県。

昨日に続いて、今日も40℃超えです。

暑い暑い。

昨日は、令和40℃超えをした新潟県上越市。
今日の40℃超えで日本一暑かったのは新潟県胎内市中条で、午後1時16分頃に40.7℃を記録。

またも、新潟県が40℃超えで一番暑かった様です。

やはり、フェーン現象のせいなんですが、台風10号(クローサ)の影響です。

夜中もまだ暑いです。

74回目の終戦記念日

今日は、1945年(昭和20年)8月15日に、昭和天皇が玉音放送で終戦の詔書を朗読し、日本が降伏した日から74回目に当ります。

各地で終戦記念行事が催された様です。

平和な時代に生まれ育った私達は本当に幸せです。
(平成の時代は、近代で唯一我が国が戦禍に巻き込まれなかった良い時代でした。)

お盆、でもお仕事です。part2

世間では、特に東日本の多くでは、今日は、お盆だと思いますが、夏季休暇など無い私は、今日もお仕事です

しかも、特別な手当も無く。残念。
(まぁ、仕事があるだけ良いのかも知れないが。)

2019年8月14日 (水)

令和初の40℃超えは、新潟県上越市。

令和時代の初の40℃超えは、新潟県上越市の様です。

今日は、台風10号(クローサ)の影響に拠り新潟県内は軒並み猛暑日(35℃以上)となりました。

いわゆる、フェーン現象に拠るもので、午後0時54分頃に新潟県上越市高田で令和40℃超えとなる40.3℃を記録しました。
(どうも、この気温は令和最高気温であり、日本一暑かった様です。)

なお、新潟県上越市高田の40.3℃は、1922年(大正11年)の観測開始以降では最も高い気温とのことです。

また、新潟県内の40℃超えは、2018年(平成30年)8月23日(木)に初めて40℃超えとなっていました。

いや~ぁ、それにしても暑い

●台風10号(クローサ)(18時45分現在)
 ・中心気圧:965hPa
 ・最大風速:30m/s(55kt)
 ・最大瞬間風速:40m/s(80kt)

●フェーン現象
 山の斜面を登る気流は、100mで0.5℃温度が下がり、山を越えた下降気流は100mで1.0℃温度が上昇する。

2019年8月12日 (月)

JAL123便墜落事故から34年。

1985年(昭和60年)8月12日(月)の18時56分頃に発生した、JAL123便墜落事故から34年が経ちました。

当時は、既に夏季休暇に入っていましたから、恐らくは帰省して、この悲報に接したのでしょうか。
とても早いものですね、既にもう詳細な記憶がありません。
(当日は、帰省の為の移動中だったかなぁ、それとも既に実家に帰省していたかなぁ。)

まぁ、私の生活も、大きく変わっており、当時とは比べものにならない悲惨な生活ですが。
(とても残念です。。。)

本当に、世の中、大きく変わりましたね。
当のJALも過去に一度倒産(再生)しましたし、私も今年は節目の年でもあります。
(今年は、特にここ数カ月はロクな事がありません。)

2019年8月 9日 (金)

人類初のプルトニウム型原爆投下から74年。

1945年(昭和20年)8月6日の広島市に投下された人類初のウラニウム型原子力爆弾リトルボーイ』の投下に続いて、1945年(昭和20年)8月9日に長崎市に、戦争における人類初のプルトニウム型原子力爆弾ファットマン』が投下されてから74年を迎えました。

戦時下とは言え、普通に考えれば、戦争実績のある爆弾を再度投下することは、戦果を考えれば、止むを得ず納得は出来ますが、敢えて異なる爆弾を投下したと言うことは、これは実験にほかなりません。
(広島に原子力爆弾を投下したアメリカのB-29(エノラ・ゲイ(Enola Gay))は有名ですが、長崎に原子力爆弾を投下したのはアメリカのB-29(ボックスカー(Bockscar))です。)

戦時下とは言え、悲惨な実験を行うとは。。。

我が国の、第二次世界大戦中の行為を批判する意見がありますが、戦敗国とは言え、そこまでされても良かった状況だったのでしょうか。
(特に、民主主義を達成していない国々に、色々と言われるのは、中々承服しがたいですなぁ。)

近年、ハル・ノート(Hull note)の存在が注目される様になり、日本が一方的に開戦した訳で無いとの研究も有る様です。
(地理的に近い隣国においても、近年は誤った歴史認識を進展させる様な動きもあります。)

2019年8月 6日 (火)

人類初の原爆投下から74年。

1945年(昭和20年)8月6日の、戦争における人類初のウラニウム型原子力爆弾リトルボーイ』の投下から74年を迎えました。

このウラニウム型原子力爆弾リトルボーイ』は、74年前の8時15分頃に広島市の相生橋付近上空約600mで核分裂爆発し、多大な被害を齎しました。

2005年(平成17年)から2006年(平成18年)の約1年7か月ほど、広島県に住み働いていた時に、何度が、現場付近を散策しました。
(未だに、その痕跡があり、とても切なかったです。)

そして、アジアの一部では、歴史修正主義者による試みや、新たな原子力爆弾の製造の試みが散見されます。
(『完全かつ最終的に解決』された賠償問題や『最終かつ不可逆的に解決』された慰安婦問題の掘り起しや廃棄と言いつつ新たに製造するなどは、争いを好んでいるとしか思えない。今年は、日本政府も少しだけ良からぬ輩に報復をする様です。)

更には、昨年は広島県を中心として大雨に拠る大きな災害がまた発生しました。

早期の復興を祈念します。

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